大坂城築城

巨石

大坂城築城

1583年、豊臣秀吉により築かれた大坂城の石垣に用いた石材は、大阪近郊の御影・芦屋・生駒や瀬戸内海の家島・小豆島などから採石したという。小豆島では加藤清正・片桐且元・黒田孝高が採石したという伝承がある。現在の大阪城は1620年から10年がかりで徳川秀忠・家光が豊臣時代の城の上に大規模な盛り土をし、石垣を築いて大改修したものである。その石垣石は小豆島の各丁場からも多数採石しており、現存する残石はほとんどこの時のものである。それは現大阪城石垣にある刻印と島の残石の刻印と一致するものもあり、当時の古文書からも立証されている。

小豆島で採石した奉行は、小豆島町岩谷地区は福岡城主黒田筑前守、当浜・福田地区は伊勢津城主藤堂和泉守、石場地区は久留米城主田中筑後守、土庄町小海地区は小倉城主細川越中守、千軒・小瀬地区は熊本城主加藤肥後守、大部地区は竹田城主中川内膳正、豊島地区は佐賀城主鍋島信濃守であったといわれる。