大坂城築城残石(福田)

江戸時代初期の徳川秀忠・家光の時代に
大坂城再築用石垣石が採石されましたが、
その丁場は島内に6地区あります。
そのうち小豆島町にあるのは北から福田地区、
岩谷地区、二面地区の3カ所。

福田地区には、小豆島九か村高反別明細帳によると、
藤堂家の御用丁場として、東谷丁場(森が瀧東)・
西谷丁場(西の谷)・外明神丁場・鯛網代丁場の
4丁場あります。

また姫路の与兵衛による商丁場が、
福田に荒浜丁場、橘地区南端に小屋浦丁場の
2カ所があります。前記明細帳などからも、
町内で商丁場があったのはここだけのようです。

これらの内、荒浜丁場には残石は見当たらず、
ほかの4丁場にも残石数は少ないです。
この地区は早くから採石業が盛んな所であり、
また岩谷地区のように番人を置かなかった
ためかもしれません。

ただ福田湾内の小島には古文書などの資料は
ないものの、この島の中央の山頂には、
石割りの矢穴列のある当時の残石が多く見られます。

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